2011年03月31日
分析から知覚へ
生態系は全体として観察し理解すべきものである。
部分は全体との関連において意味をもつにすぎない。
部分は全体との関連において意味をもつにすぎない。
数学者と論理学者の世界では、知覚的な認識は感覚にすぎず、疑わしいもの、神秘的なもの、捉えがたいもの、不可思議なものだった。機械的な世界観は、知覚的な認識は理性的でなく、したがって趣味の世界にゆだねるべきもの、すなわちそれ抜きでも支障のないものとした。
だが生物的な世界では、中心に位置するものは知覚的な認識である。生態系なるものはすべて、分析ではなく知覚の対象である。それは全体として観察し理解すべきものである。部分は全体との関連において意味をもつにすぎない。350年前、デカルトは「我思う。ゆえに我あり」といった。今やわれわれは、これと同時に「我見る。ゆえに我あり」といわなければならない。
新しい現実は、すべて形態的である。したがって、それらの問題を扱うには、分析とともに知覚的な認識が必要である。今日の多元社会の不均衡状態、グローバル経済、地球環境問題、緊急に提示することが求められている教育ある人間のモデルなど、すべてが形態的である。
(『新しい現実』)
ACTION POINT
成長、均衡、調整、統合の結果としての全体の成果が重要であるとの考えは、
分析と知覚のいずれを重視するものでしょうか。
成長、均衡、調整、統合の結果としての全体の成果が重要であるとの考えは、
分析と知覚のいずれを重視するものでしょうか。
「机上の理論だけでは現実社会に対応できなくなっている。肌に触れ実感し、経験を重ねることで、机上の理論を補完し、発展させる事ができる。・・・ということでしょうか?」
と、去年のコメント。
ちょっと的はずしてるような気がするけど、
言い換えるほどの言葉も出てこない。
成長してないのか

『組織はすべて、人と社会をより良いものにするために存在する。
すなわちミッションがある。目的があり、存在理由がある』
すなわちミッションがある。目的があり、存在理由がある』
・われわれのミッションは何か?
・われわれの顧客は誰か?
・顧客にとっての価値は何か?
・われわれにとっての成果は何か?
・われわれの計画は何か?
(『経営者に贈る5つの質問
』)
<一倉定の経営心得>
業績不振の原因
わが社の赤字は、
お客様を忘れたのが原因である。
(『一倉定の経営心得』)
「論語」一日一言
子曰はく、已んぬるかな。吾未だ能く 其の過を見て、内に自ら訟むる者を見ざるなり。
(「論語」一日一言 己を修め、人を治める道)
<編集後記>
3月・・・年度も今日で終わりですね。
会社を移るのに、今日まで出勤して
また明日から新しい会社に出勤、
という人も多いみたいですね。
大変ですよね~、想像できません。
<ドラッカーの優先順位選択の原則>
優先順位の決定には、いくつかの重要な原則がある。すべて分析ではなく勇気にかかわるものである。
第一に、過去ではなく未来を選ぶ
第二に、問題ではなく機会に焦点を合わせる
第三に、横並びではなく独自性をもつ
第四に、無難で容易なものではなく、変革をもたらすものを選ぶ
Posted by 亮太 at 19:00│Comments(0)
│ドラッカー365の金言